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手元供養に纏わる本音



手元供養の問題は、自宅をお墓代わりにするということから生じる、精神的苦痛も含まれます。親類であれば、故人の遺骨を気持ち悪いとは中々言えないものです。しかしできれば遠ざけたいのが本音でしょう。特に配偶者にとっては見ず知らずの他人であることもあり、かなりのストレスになるのは間違いありません。少しでもストレスを和らげるために、大きさを小さくするのも有効です。そのためには、粉骨が手っ取り早い方法です。例えば粉骨した後、そのほとんどを海に散骨し、残りの一部を手元供養するなどの方法があります。都心部では便利な方法ですし、最近は郊外でも躊躇なく選択されている方法です。昔は粉骨することに罪悪感が伴ったのですが、最近は遺骨の処理にお金を掛けることの意義が薄れていることもあり、躊躇いもそれほどないのです。

 しかし手元供養も永遠に続けるわけにはいきません。最終的にはお寺や納骨堂に頼らざるを得ないのです。その場合、粉骨したかどうかが問われるケースもあります。宗派によっては、粉骨を許していないところがあるのです。実際はロッカー式のような、脱宗教色の傾向にあるところであれば、問題なく受け入れてくれます。

 遺骨はその管理者の孤独死によって、人知れず眠っていることがあります。こうした遺骨が発見されれば、法的には相続人が管理者となりますが、相続人が受け取りを拒むケースも珍しくありません。精神的な理由が大きいのですが、費用面の問題もあります。ですから、相続人に迷惑を掛けないように、粉骨しておくという考えもあります。万一粉骨されないままの遺骨を押し付けられた時は、バクテリア等に注意して保管しましょう。一番確実なのは、真空パックにすることです。それさえ難しければ、予算の都合をつけて、委託する他ありません。お寺によっては無料で預かってくれますが、きちんとお礼をしなければなりません。また、将来お墓を購入する際は、その寺のものを検討することになります。お礼の相場というものは存在しませんが、お布施と呼ばれる習慣が、それに当たります。多くは数万円程度ですから、細かい事情の相場を事前に調べて、きちんと払うようにします。

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